サイトを移動するためのスキップリンクです。
本文へジャンプ
このサイトの共通メニューへジャンプ

「私と英語の接点」

2014年12月19日

皆様は英語(TOEIC)の習得術などを中心に寄稿なされておられますがどの立場でも、
何でも自由にとのお言葉に甘えて今まで私が英語に係りましたエピソードについて
書いてみました。取り留めのない話になるとは思いますが何卒ご容赦賜りたいと存じます。
まず、小学生時代の幼少期のかかわりとして。
私は小学生時代は英語が好きで少しの期間ではありますが自ら親に頼んで塾に通い
ABCの勉強を致しました。好き事ものの・・・といいますが約20人くらいの塾の中で
テストの成績はいつも上位でございました。しかし大人の事情で塾が閉鎖され英語との
係りもその後私も学校での英語の勉強程度でのかかわりでしたが日本語の本(豊臣
秀吉や織田信長など)を自ら英語に訳してみるなど今振り返ってみると本当に英語が好きだったと
思います。ただしその思いも高校受験やその他の勉強も重複していき英語に対する思いが薄れて
きたのだと思います。今振り返ってみますとその思いを継続して深く習得していれば今、英語で
苦労することはなかったのかもしれないと反省いたしております。
(弊社は現在グローバルで多角的に事業を展開しており海外営業であろうと国内営業であろうと
社員に英語のスキルを求めております。)
上記を反省して子供には英語の塾を進め一時期励んでおりましたが好きことものの・・・
がなかったのか強制してもなかなか上達いたしませんでした。
そこでありきたりではありますがやはり英語の上達の為には兎に角、英語が好きになること。
好きにさせること。がもっとも重要だということを痛感した次第です。
次に学校での英語の勉強以外としてのかかわりとして。
私は平成6年から約5年間、沖縄にて勤務をいたしました。家族ともども沖縄の文化に接しました。
沖縄では今でも議論の中心になる米軍基地が数多くあり当時から県外移設や米軍反対などの
色々な話がございましたが、私は家族で折角沖縄に住んでいるのだから英語と接しようと子供と
一緒に米軍の方の奥様(ジャンさん)がローカルで行われている英語の塾に小学生だった子供とともに
通いました。米軍の方の住宅ではまさにアメリカであり日本にいることを忘れてしまうほどでした。
(週末はパーティーを必ず開催され、TVもアメリカの放送ですし周りの方も米国の方で日常品すべてが
米国製)その時はまさに英語が日常のコミュニケーション方法であり身振り手振りで先生の旦那さんと
ベランダで一緒に蛍族になって会話しました。本体験でやはり身近に英語を感じることが重要であり
その環境に自ら身をおくことが重要であることを肌で感じました。

自らの英語との接点についてランダムに書いてみました。英語を自分のものにするためには兎に角、
好きになること。その上で肌で感じることを継続して行うこと。を自分の経験から感じ取った次第でございます。
是非身近な方々へもお勧めください。取り留めのない話で大変失礼致しました。

(文責:日立製作所 吉田/ CIGRE SCD2 事務局)