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その他「パイロットの話(身体検査編) PART1」

2018年7月4日

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 ニュースレター No.86 (山西様/SCD2国内分科会フェロー)   (テーマ:「その他」)
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SCD2フェローの山西でございます。今回のテーマは海外に関する話題ということで、このご依頼を頂いた際には、とあるきっかけで某有名ヨーロッパサッカーチームの記者席に招待された時に見た、記者専用ブースや控室での各国記者のサッカー談義や交流など、舞台裏で何が行われていたかについてご紹介しようと思い、その顛末について書き連ねていたところでございました。とても礼儀正しいとは言えない各国のサッカー記者達ではありましたが、その熱意からくる行動については一筆の価値がありこの内容をご紹介できる機会を楽しみにしておりました。
 しかし僭越ながら、3年前に寄稿いたしました拙著「パイロットの話(適性検査編)
」の続編(身体検査編)についてのご要望を多くの方々より以前より頂いておりましたこともあり、今回そちらの方向にペン先を向けることといたしました。もし前作「パイロットの話(適性検査編)」をご記憶ない方、またはまだ読んだことがない方がいらっしゃいましたら、SCD2ホームページに掲載されておりますので、そちらを参照頂けましたら幸いです。
(前作がWEBに残っていなかったため,個別記載します。事務局より)


 さて、それでは話はパイロットの適性検査(シュミレーターによる操縦試験)に合格したこところから続きます。某航空会社の採用担当者から合格の電話をもらった私宛に後日、再び羽田空港行きの航空チケットが送られてきました。私は伊丹空港の搭乗ゲートを抜け、ボーディングブリッジを歩きながらその小窓越しに、機体のコックピットウィンドウの中に見えるサングラス姿のキャプテンと思しき人物に将来の自分を重ねたものです。この身体検査は最終試験であり、合格すればその時点でパイロットになる資格を得るのです。訳あって大学には3年ほど通常より長く通っていたとはいえ、アメリカンフットボールで肉体面、精神面いずれにおいても鍛錬をしてきた自負がありました。そして、噂ではこの身体検査においては視力状態がかなり重要とのことでしたが、緑深い山間部で育ったおかげもあり、視力もまだ当時2.0を維持しており、目の健康には相当の自信がありました。(しかし、この自信は後に打ちのめされてしまうのですが)
 ところで、今回の検査試験には「サングラス」が必携品とされていました。視力検査の種類が多いことは承知していましたが、サングラスを使うような試験については想像もできず、夜間視力を測定するためにサングラスを使用するのだろうか、と突拍子もない考えをめぐらしながら羽田までの1時間を過ごしたのです。
 さて、羽田空港に降り立ち、全身筋肉痛となりながらもフライトシュミレータと戦い、合格を勝ち取ったあの施設に再び向かいました。緊張感が蘇ります。そして共に戦った(そしてその時はまだライバルではありましたが)面々を思い出しながら待合室に入ったのです。
「あっ!」「マジ!?」
という声が私に浴びせられました。あの下馬表一位と二位、浅利君と森田君でした。私はやはりこの二人か、と思いながら再会を喜びました。かれらの驚きの声は紛れもなく、私が合格していたことへの意外性の表れでしょう。私はむしろその反応に快感を覚えたものです。あの適性検査を受験したメンバーのうち、残ったのは私たち3人、そしてその後に現れた3人(別機会の適性検査合格の3人)を加え、総勢6人がこれからパイロットになるための最終身体検査に臨むのです。先にも述べましたがこの検査はSelectionではなくqualification、つまり基準を満たせば全員が合格するものです。そしてもちろん、逆に全員が不合格となる可能性もありました。私はこの6人全員が合格することを願いながらその検査開始の案内を待ったのです。

 最初の検査は身体測定でしたが、身長、体重を始めとしたごくごく一般的なものでした。おそらくこれは合否判定には影響はないものと思われました。次に血液を摂取し、次いで血圧の測定です。これも一般的なもので、椅子に座り注射器で血液をサンプリングされ、その後、腕に検査帯を巻きつけ血圧と脈拍を測定しました。(一般的に健康とされるレンジとは異なる基準があるようです)数値は私にも見えており、それを見る限りなにも問題はなさそうでした。と、ここから検査が変化しはじめます。
「はい。それでは体勢をいろいろ変化させた状態で血圧を測定します」
 座った状態での検査においては呼吸を整えることで数値を安定させることができていたのですが、立った姿勢、ベッドで横向きに寝た姿勢を指示され、その状態ではうまくコントロールできず、最後に、逆立ちのような姿勢になったときには、数字はかなり乱れていたようでした。もともと脈拍数は多い私だったので、その数値の乱れを見兼ねたのでしょうか、検査官が
「昨日寝られなかったのですか?」
と聞いてきました。寝た体勢での脈拍がどうも早いらしいのです。少し不安な表情を見せる私に検査官は続けました。
「寝不足だと血圧も脈拍もあがるんですよ。昨晩緊張していたのですね。わかりますよ」
と言葉をかけてくれたのです。緊張は昨晩どころかずっと続いていましたが、この言葉に私は救われ、そしてその安堵感が数値に現れたようでした。数値が正常値に戻っていく様が見て取れました。さて、その数字の正常化を見たのか、検査官から、
「OKです」
と言われ、ベッドからなんとか降り、次の検査に向かったのです。
 続いて暗室のようなところに連れて行かれました。どうやらいよいよ視力検査のようです。検査官に
「視力検査を10種類ほど行います。」
といわれ、これがパイロットに課された身体的条件なのだ、と強く実感したことを覚えています。この10種類の視力検査に合格しなければならず、そしてパイロットになった後でも半年毎に同じ検査を受け、合格し続けることが求められるのです。常に身体的制約の中で生きなければならないこの職業がいかに過酷なものかということは想像に難くありません。先の適性検査の際の指導員はもともとパイロットでしたが、ある時、身体検査で不合格となり指導員となっているとのことでした。そして、その彼が私たちに教えてくれた衝撃の事実。
「パイロット の平均寿命は60歳ちょっとですよ」
 この言葉は今なお衝撃をともなって私の脳裏に焼き付いています。おそらく言わんとしたことは、命を削るほどの極限までのストレスがこの職業には伴うのだ、ということだったのだと思います。情報の真偽は確認できていませんが、いずれにせよ単なる憧れで志望した私にはやはり荷が重すぎたのでしょう。
 さて、その視力検査ですが、10種類すべてを紹介することは割愛いたしますが、特殊なものも多く含まれていました。まずは遠近感の正確性を計るもので、なにやら双眼鏡のようなものを覗き込むと視覚中央に黒い点があり、そして、その視覚の左右端にしるしが付いていました。中央の点が前後に動く(つまり私からみると遠ざかったり、近づいたり)ので側面のしるし(これは動かず固定)と同じ距離になった時に教えてください、という試験でした。点がなにやら動いていたようですが、それが近づいてくるのか、遠ざかっていくのか私にはさっぱりわかりませんでした。普通近づいてくるなら大きくなるし、遠ざかるなら逆に小さくなっていくものです。そしてそれが遠近法というもののはずです。しかし、その望遠鏡から見える中央の黒い点は大きさが一定なのです(すくなくとも私にはそう見えました)。そして大きさが変わらないものを両目の焦点の合わせ方だけでその距離感を感じなければならず、その距離が両端のしるしと同じになるタイミングなど私にはまったくわかりませんでした。できる限り目を凝らしてその距離感を測ろうとはしましたが、ほとんど勘に頼る始末となりました。合格基準には達していないだろうということは自分でもわかってはいましたが、しかし、10種類ある検査の一つにすぎない、と自分に言い聞かせ、視界の広さとその反応速度を測る次の試験(真っ暗な暗室であらゆる場所でまたたく光の点を目で追うもの)に向かいました。イメージとしては、夜空を見上げて、いつ、どこからともなくとも現れる微かな流れ星を視野の端で追う(視線の焦点は中央から動かしてはいけないルールがあり、視界の端を意識する必要がありました)、というもので、これもまた極度の集中力を必要とするものでした。しかし、今度は納得のいく結果を残せたのではないかと思いました。
 その後もいつくかの視力検査(通常の視力、色覚、眼圧、網膜画像等)を経て、最後にまた暗室へと案内されました。この中で瞳孔を強制的に開かせる特殊な点眼を施され、強弱に変化をつけた光を当てながら何かの検査をするものでした。どのような検査でどんな意味を持つのかは流石に想像もできず、結果についての予想も当然できるものではありませんでしたが。
 そうして視力関係の検査が終わり、予定ではランチ休憩に入ることになっていました。暗室を出ようとした私に案内係がこう言いました。
「持ってきたサングラスをかけてください。さもないと光が眩しすぎて目をあけていらせませんよ。」
 確かに薬の力をかりて瞳孔を開かせているのです。通常なら光の量に応じて瞳孔の開き加減を調整するのが人間の生理反射ですがそれを強制的に抑えているのです。その状態で、室内とはいえ日中光に晒されるのは裸眼で太陽を見るのと同じくらいの眩しさになるとのことでした(実際、怖いもの見たさでサングラスを外して見て大いに後悔したものです。太陽が四方八方にあるような眩しさで目を開けてはいられませんでした)午後、検査が再開されるまでにはその点眼効果も和らぎ、瞳孔も通常の状態に戻るとのことだったのですが、それでもランチタイムはまだ瞳孔は開いたままです。私たちは空港施設内のレストランで食事をとるために一般エリアを歩いていたのですが、まだ幼さの残る大学生6人が一様にサングラスをかけて空港施設内を歩き、そしてレストランで食事をしている様はおそらく異様な光景に映ったに違いありません。しかし、事情を知っているであろう航空会社の職員の方々と思しき方々から、すれ違うたびに、
「頑張ってね」
と優しく声をかけてもらったことは強く記憶に残っています。その方々は私たちが将来のパイロット候補生だということがわかっているのです。私たちにはとてもその言葉が嬉しく、勇気づけられたものです。

PART2に続く 適性検査編はこちら http://www.cigre.jp/study_committees/detail/16/286

(文責: 山西/CIGRE SCD2 事務局)