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ビジネスディナー:韓国編

2019年8月27日

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 ニュースレター No.111 (山西様/SCD2国内分科会フェロー)   (テーマ:「ビジネスディナー:韓国編」)
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SCD2フェローの山西でございます。

 ここ最近紙面を賑わせている、我が隣国韓国との政治的側面はさておきまして、仕事柄よく訪れることが多いため、少なくとも彼の国におけるビジネスや飲食に関する慣習、文化については私も深く理解しているつもりでいます。皆様におかれても、過去に旅行、あるいは出張で訪れたことがある方も多いと思いますし、このSCD2においても、とても明るい性格でいつも日本メンバーに気軽に声をかけてくれたLSIS社のJJ氏とのコミュニケーションを通じて韓国文化を垣間見た方も多いかもしれません。ある時、JJ氏と東京で朝食ミーティングを実施した際、彼は日本のメンバー向けにお土産としてかなり大きな箱で、韓国海苔ギフト(多分1000枚くらい入っていたと思います)を持参してくれたこともありました。

「韓国の文化ではこのようなお土産を渡すことはごく普通のことで、そんなに感謝しないでくれ」

と謙遜していましたが、大の韓国海苔ファンの私にはこれ以上ないお土産となり、自宅のガスコンロで二、三回炙って少しパリッとさせたのを焼酎と合わせて堪能した事は今思い出してもよだれが出そうになるくらいです。

 そんな彼も今はSCD2レギュラーメンバーを退任されたと聞きましたが、後任として2015年ペルー大会に参加した若手のWeeさんに、私が当時持っていた韓国関連情報だった、

「2014年度にとある海外メディアで発表された、世界でもっとも美しい顔100人のトップが韓国アイドルグループの一人だ」

であまり興味を引けなかったことも苦い記憶として心に残っています。たしかあれはペルー大会、民族舞踊のショーを伴ったガーラディナーの席で、セビーチェ(ペルー風魚のカルパッチョ)をつつきながら披露した話題でしたが、大した興味を引けずあえなく撃沈し、バツが悪くてペルーワインをしこたま飲んだなぁと今この文章を書きながら恥ずかしさを再感しているところです。
 
 さて、このような導入話でいつも字数を割いてしまう私ではありますが、今回は世界のビジネスディナー:韓国編と題し、彼の国のお酒事情とビジネスの深い関わりについてご紹介したく思っています。

 アジア地域全体を担当しております関係上、私も韓国にもよく出かけています。韓国語は勉強中ながらまだまだビジネス用途には耐えないということで、通訳を伴って会話に臨むのですが、なんとなく口調を見て、ポジティブな内容なのかネガティブな内容なのかは大体わかるようになってきました。基本的に80%は怒り口調に聞こえるのですが、どうも真意はそうではないことも最近は見切れるようになってきましたし、便利な翻訳機能を備えたチャットツール等では、我々日本人より絵文字やスタンプを多用する傾向も見て取れます。ビジネスの会話で一喜一憂するその姿は私にとってはとても愛着が湧くものです。
 
さて、そんな韓国におけるビジネスコミュニケーションで特記すべき点は「ディナー」でしょう。ディナーといってもここでは主に「酒」を意味しており、韓国においては「酒」なしにビジネスは成り立たないといっても過言ではないことはご存知の方も多いと思います。一度などは、酒を一切受け付けないメンバーを伴った食事会では、即座に「お酒が飲めないと韓国では仕事ができませんよ」と開口一番指摘されてしまい閉口したこともありました。この点に関しては日本以上にシビアで、暗黙のルールも多々存在し苦労する一方で「酒」の力で一気に距離を縮められるメリットは活用しない手はありません。
  
 さて、これほどまでに「酒」を伴うコミュニケーションが重要(だと思われる)なこの国ですが、私も毎回現地の方々とのディナーに参加してきたため今ではもう慣れたもの(だと信じています)ですが、初めてこのようなディナーに参加した際にはわからないことが多くかなり苦心したものです。以下は、とある韓国企業の社長A氏(仮称)とのディナーに臨んだ際の経験談です。
 
 夕方、打ち合わせを終えた我々一行は待ち合わせ場所にタクシーを走らせたのですが、到着した先はどうやら大きな倉庫のような建物の前でした。駐車場には大型トラックがひっきりなしに往来し、何やら荷捌き場のような場所で大型のコンテナを積んでは下ろしているような光景が見て取れました。その倉庫然とした建物の中に恐る恐る入ってみると、床が水浸しになっており革靴での移動にはかなり気を使わなくてはなりませんでした。ずっと足元を見ながら歩いていたので周りに気がつかなかったのですが、ふと顔を上げると今歩いている通路の左右に沿ってかなり遠くまで大型の水槽が並び、その中にはありとあらゆる海産物が生きたまま陳列され、上蓋のないその水槽から溢れた水が床一面に広がっていたのでした。そして、威勢の良い掛け声(アメ横のようなしゃがれた声も)もその時になって耳に入ってくるようになりました。ここは水産物小売市場だったのです。A氏と数名に連れられ、カニやエビ、見たこともない大きさの貝などを見て回るうち、A氏から

「どれが良さそうですか」

と聞かれたので、

「そうですねぇ、このカニは大きいですね、それとこのエビも。タコも好物なので見入ってしまいます」

などと軽口を叩いたところ、A氏が何やら市場のスタッフと話し込み、お金を渡しているではありませんか。ついでにとばかり、もう二品、三品ほど指差した後、袋詰めにされた高級魚介類を手一杯に持ち、さぁ移動しましょう、とばかりに階上に促されました。水浸しのエスカレーター(これは大丈夫なのだろうか?)を上がるとテーブルと椅子がいくつか見えるレストランのようなところに通されました。A氏は手に持っていた魚介類を店員に手渡して調理を指示すると、奥の個室に我々を連れて行きました。のっけからの粋な演出に私はとても心踊ったものです。ちなみに、ここでは、まず、お店に入る順番、座る席がとても重要な要素でした。我々にとってはA氏がお客様です。しかし、国としてのビジター、ホストの関係で見てみると我々が招待客と位置付けられることから、入店の順番、上座(どこが上座にあたるか、は両国で若干相違がありました。これはこれで興味深い)の譲り合いからバトルはスタートします。日本でもよく見られる流れですが、韓国の場合はもっと熾烈です。絶対に譲りません。この時には私は、これは会計の時にも一悶着あるな、と直感しながら座席に着いたものです。
 
 メニューは当然読めませんし、そもそも食材からして店に提供して調理をお願いしている関係もあり、何を食するかについて、我々に選択権はなさそうでした。ならばせめてドリンクは選べるのだろうか、と思いながら談笑していると、ここでも否応なく人数分の瓶ビールがグラスと一緒に運ばれてきました。否応無しのスタートではありましたが「とりあえずビール」というのはよくあることなので少し安心したことを覚えています。少しグラスが小さいかな、という印象はありましたが。
 
 続いて焼酎のボトルも運ばれてきたのですが、今度は氷や割り水、グラスは一切なく、まさにボトルだけが数本、ドン、ドンと、いわゆるオモニと呼ばれるような肝っ玉母さんと言った風貌の中年女性によってテーブルに無造作に置かれたのです。まっ先にそのボトルを手に取ったA氏は小さめのビールグラスにその焼酎を注ぎ始め、慣れた手つきで全グラスに焼酎を半分ほど入れ終えました。私が何かを言おうとするその気配を振り切り、その後間髪を入れずにビール瓶を手に取ったA氏は焼酎の入ったグラスに静かにビールを注いだのです。あっという間に焼酎ビール割りの入ったグラスが並びました。この乾杯の飲み物を作り終えたA氏は、自分の箸(韓国の箸なのでステンレスのような金属箸)を一本そのグラスに差し込み、こちらを見てニヤリと笑った後、もう一方の箸で、そのグラスに差し込んでいた箸をカツン!と叩いたのです。
 
 先ほど静かにビールを注いだため、泡はなく気の抜けた感じだったその焼酎ビール割が、一気に泡立ち、日本の生ビールよろしくグラス上方に雲のような白い層を作ったのです。思わず、「おおお〜!」と唸ってしまいました。この金属同士の衝突で生まれる微振動がきめ細かな泡を作り上げるのでしょうか、とても見事な腕前でした。韓国式です!と楽しそうに説明してくれた後皆でグラスを鳴らし、A氏が一気にそれを飲み干したのを見て私もグラスを空けたのですが、ふと隣を見ると「通訳」はすでに空のグラスをテーブルに戻すところでした。さすがこちらの文化をよくご存知で。A氏は早速二杯目を作ろうと焼酎のボトルを手に取っています。どうやら今度は焼酎のストレートを勧めているようだったので、私は座っている座席からして彼に近い左手で空のグラスを差し出しそのまま焼酎を注いでもらうつもりでいました。しかし、A氏は、

「右手で持って欲しい」

と軽く私に指摘したのです。もはやビジネスの通訳を忘れている隣の「通訳」が言うには、

「ここでは右手でグラスを持つのが敬愛を表すのだ、左手はむしろその逆を意図したものだからやめた方がよい」

と。なるほど、しかしそれならそれで早く言ってくれ、と、半ば恨めしそうに一瞥したのですが、通訳というより主賓の面持ちでこのディナーを楽しんでいるようだったので、私は苦笑しながらも、みようみまねでやってみようと思ったものです。軽く会釈をしたあとで、右手でグラスを持ちかえ、左手を添える形で最上級の親愛を表現し二杯目の焼酎をストレートで受け取りました。日本の酔っ払い代表格である吉田類がよくやる、左手でグラス、右手で料理を持つダブルハンドはここではNGなのだ、と日本の酒場巡りを題材にしたテレビ番組のことがふと頭をよぎったものです。
 
 市場での食材チョイスからこの乾杯までの、いわゆる導入部分でのエンターテイメントに早くも感動を覚えたこともあり、その後の会話はとても楽しく、スムーズに進んだものです。相変わらず隣では「通訳」が手を叩きながら爆笑している姿を視界の端に捉えていますが、それはそれで盛り上がっておりそこはもうご愛嬌ということで場を和ませるのに一役買ってくれていたのでしょう。
 
 さて、続いて、さらに度数の高い焼酎が運ばれてきたようでした。そしてさらに小さなショットグラスと温かいお茶もつづいてテーブルに置かれました。日本人的な感覚からするとまだ食事会も序盤戦、お茶を飲むのはまだ早いと思いながらも少し休憩なのかと思い、少し安堵したものです。念のため、ここでも右手で湯のみを手に取り左手で押さえ、お茶をズズッとすすろう(いつだったか誰かの記者会見で見た仕草に似ていると自ら思いました)としたその矢先に、A氏より再度指摘が入ります。まだ、飲まないでくれ、と。となりを見ると、爆笑を一旦とめた通訳が、こちらを一瞥し、

「お茶は飲まずにそのまま置いておいてください」

とこれまで通り事後報告的に忠告しただけでした。その後、A氏はその強めの焼酎をショットグラスに入れ、これまた一気に飲み干しました。さて?このショットグラスは一つしか用意されていませんでした。私のグラスはどこに?と思いながら、店側の不手際かと思った矢先、A氏は自身が飲み干したグラスを逆さまにし、そのお茶に頭から浸けたのです。そして二、三回ジャブジャブと飲み口をお茶で「洗った」あと、くるりと反転させ私に差し出したのです。「返杯ですよ」と横から口を挟む通訳を私は半ば無視しながら、右手でそのグラスを受け取りA氏が注ぐ焼酎でそのグラスを満たしたのです。多少なりとも要領をつかんでいた私は、くいっとそのグラスを空にし、そのグラスを同じく目の前に置かれているお茶で「洗い」返杯したのです。A氏も満足そうな表情を浮かべていました。通訳曰く、この返杯は一つのグラスでお互い飲み合う風習らしいのです。昔は洗うという考え方はなかったようですが、最近は衛生面を考慮して、少しずつやり方が変わってきているのだ、と。なるほどと思いましたが、その情報も前もってインプットして欲しかったと、口に出して言いそうなりながらもグッとこらえたことを覚えています。
 
 その一対一の勝負のような焼酎合戦が続きかなり酔いが回ってきていましたが、ここでダウンするわけには参りません。テーブルを覆い尽くす贅を尽くした海鮮料理にも舌鼓を打ちながら、目の前にいる猛者A氏との焼酎一騎打ちを心から楽しんだものです。
 
 一通りビジネスからプライベートに至るまで会話を重ねた頃には、焼酎の空き瓶が山積みになっているほどでしたが、そろそろお開きの時間になりかけていました。この会計のタイミング、支払いをどちらにするかでまたバトル勃発です。お互い譲らず支払いを主張するのですが、酔いも入っているためかなり乱暴な袖の引っ張り合いをレジ前で繰り広げているその姿は、側から見ると取っ組み合いの喧嘩をしているようだったでしょう。最終的には、次回日本にきてくれた際にはこちらがもてなす、ということで私が折れ、A氏の支払いに甘えることになったのですが、本当にこのディナーでは最初から最後まで学ぶことが多く、この国のビジネスのやり方の一つの側面に関する理解が深まったと満足感を得たことを鮮明に覚えています。
 
 また余談ですが、「通訳」を忘れてこのディナーに毎度どっぷり浸かるこの「通訳」さんですが、酒を飲まない正社員の穴を埋めて余りあるほどの酒に対する強さとローカルトークで、もはや先方の信頼に一手に勝ち取るほどです。以降その「通訳」は我々のビジネスの中心に鎮座し、いまでは難しい専門用語も駆使して大車輪の活躍を見せてくれております。

 さて翌朝、ビジネスの契約に向けて再度A氏と面会をした際には、昨晩の合意事項を一切合切忘れしまったらしく一から交渉をやり直すことになりました。ただ、絆のような一体感の記憶だけはお互い残っていたようで話し合いはスムーズにまとまったのです。これこそが前夜のディナーが目指すところだったのでしょう。ところで、この朝、全員に振舞われたのは朝鮮人参ドリンクで、これがさらにこの朝の意欲を掻き立て、血気盛んなビジネス議論に発展した理由ではないかと思いました。

 前夜からこの朝の一連の流れにおいて、飲み物がビジネスにおいて重要な演出を果たし、結果を左右することもあるのではないかとさえ思った(あくまで個人の経験に基づく根拠なき主観です)程です。ビジネスディナーとはかくも奥が深いものだなぁと改めて感じた出来事でした。今度は日本式のビジネスディナーでA氏と再び一献傾けることを楽しみにしつつ。

(文責:山西/CIGRE SCD2 事務局)